オミクロンコロナに感染して

感染してしまいました!

 ブログの更新が滞ってしまい申し訳ありませんでした。というのは、今回タイトルにあるとおり、オミクロン株のコロナ感染症にかかってしまっておりました。現在では家族含めて熱も平熱に戻り、普段通りの生活へ戻ろうとしているところになります。実際感染症で熱が出ているとき、コロナ感染症について情報をググりましたが、確かな情報が少なくなかなか決めてにかけると感じました。まん延防止もあけ、また急激に感染者が増えているコロナ感染症について、一個人の実経験についての書記ですが、参考になる人もいるのではないかと思い、執筆することにしました。

コロナ感染症との接点 家族が感染してしまいました

 詳しい内容はふせさせていただきますが、私のコロナ感染症との接点は、自分が外出していて、うつされたのではなく、家族がコロナ感染症になったことから接点が生まれました。この時自分自身は何の症状もありませんでした。
 家族の1人が発熱してしまいました。この時点では、まだコロナ感染症であるかどうかわかりませんでした。発熱したのが週末ということもありましたが、土日でも診察可能な病院へ行き、解熱剤と咳止めをいただきました。土日でも診察可能な病院では、残念ながらPCR検査などは実施していませんでした。この時はまだ、コロナかどうかもわかりませんでしたし、仕事のことの方が頭にありました。またブログの更新も行えておりました。家族の中に発熱した人が出た、ということで上司にも連絡をとり会社のパソコンを持ち帰るために出社しても良いか確認をとりました。

在宅勤務へ移行

 実際は自分でやろうと思っていた業務を同僚にお願いして変わってもらいました。引継ぎを無理やり行い、在宅勤務へ移行しました。と同時に発熱した家族の抗原検査を実施しました。結果は陽性、ということで、一週間出社ができなくなりました。実際にならないとわからないことだらけで、会社の規定などを丁寧に確認し上司へ連絡して出社できなくなったことを伝えました。
 抗原検査を実施した病院は非常に親切で、診察代は後日自宅待機が解除になった後に来院してお支払いくださいという、神対応でした。1週間後にさらに感謝することになるのですが、この段階でも素晴らしい、と感じました。
 この段階、まだまだ身体は快調でまさかこの後自分がコロナになるなんて思ってもいませんでした。

在宅勤務へ移行して、そのまま週末に突入

 会社の規定に従い、家族の1人が陽性=自分は濃厚接触者、ということで1週間出社はできず在宅勤務を1週間続けました。次の出社予定は翌週月曜日でした。月曜から迷惑をかけた分働く気マンマンでおりました。
 もちろん身体には何の問題もありませんでしたが、なんとなく身体に違和感はあったかもしれません。また、鼻水が出始めるようになったことに気づきました。ただし自分は花粉症持ちでもあり、花粉症の季節でもあったので、その影響ではないか、とさえ思っていた次第です。

家族2人目の発熱 これが家庭内クラスター

 自分以外の詳細はとにかくふせさせていただきますが、週末に入った段階で2人目の家族の発熱がありました。これはいけない、ということと発熱がまたタイミングが悪いことに週末だったので、1人目のコロナ感染した家族が診察していただいた土日診察可能な病院へ行くことにしました。しかし、これは間違っておりました。電話確認せずに病院へ訪問し、1人目に家族が陽性であったことを伝えたところで、「濃厚接触者は診察できない。帰って保健所へ連絡しなさい。」と門前払いを食らいました。自分も良く調べずに動いたのがいけなかったと大変反省しました。正直、同じように診察が可能だと思っておりました。門前払いを食らいましたが、門前払いをした方も非常に気の毒そうにこちらを見ていて、本当に申し訳ないことをしたなーと心が痛くなりました。「すみませんでした。」と一言あやまって、病院を後にしました。

 家に帰って保健所へ連絡すると、土日に診察できる病院はなし、と言われてしまいました。そして、コロナ対応できる病院は基本的には平日になる旨を伝えられてしまいました。緊急の場合はどうすれば良いのか、と電話で相談もしましたが、最悪119するしかない、あとは自己治癒能力で、という情報のみでした。正直これがコロナになったときの現実だと思います。もう自己治癒能力でなんとかするしかない。この事実には絶望しかありませんでした。これがコロナの怖さか、と感じたところです。

オミクロン株コロナ感染症 発症 初期 ~36℃ 

 2人目の発熱の後すぐに、自分自身にも徐々に症状が出始めました。症状は風邪よりは、花粉症に近いもののでした。花粉症の時期でもあったので、正直あまり気にならなかったです。自覚している症状は、鼻水が出やすくなるのみでした。鼻水は、みずばなでたれやすかったです。この状況が2日ほど続きました。
 正直申し上げると自分はワクチンを2回接種していたので、なっても軽症じゃないかと、非常に楽観視しておりました。風邪程度で終わると想像していたし、週末があければ仕事もしなくては、という風に考えていたくらいです。

オミクロン株コロナ感染症 発症 中期 36℃→37℃

 やっと週末があけ、2人目の発熱した家族と病院を訪れました。ただこの日、自分は朝起きた段階で、少し寒気を感じ、微熱があるのではないかと感じました。自分自身はアラフォーのおっさんなので、何度か発熱を経験していて、これ微熱ある感じだよね、と起きてすぐにわかりました。熱を測ると案の定、微熱ありでした。もうこの段階で、残りの家族全員、抗原検査を実施したいと考え、これを理由に会社には朝電話を入れて休暇を取得しました。正直、仕方ないし休んでしまおうという気持ちもあったくらいです。
 会社へ連絡後、病院へ連絡がつき、残りの家族の抗原検査可能と教えていただきました。1人目の家族が陽性であったため、続く家族も抗原検査をしてくれるのか、不安でしたが、同じ個人でやられている病院が診察可能であることを連絡してくれました。こんな近くに神対応してくれる病院があって本当に安堵しました。正直、午前中にいくつも病院へ連絡して、遠くの病院まで車でいくのではないか、くらいの不安があったのですが、すぐに見つかったこと、本当に感謝しました。抗原検査をしてくれる病院が徒歩でいけるところにあったのですが、こんな近くにある、という事実は、今になっても本当にありがたいことだと思いました。
 抗原検査を受けたのは1人目の家族が抗原検査をした病院で、1週間後、今度は自分が抗原検査を受けに来ることになるなどとは夢にも思っておらず、愕然と感じました。正直この段階では、おそらく全員陽性ではないかと想像しておりました。ただしまだ元気だったので自転車で病院まで行ったくらい動けたことを覚えております。多少けだるさがありましたが、抗原検査だけでも行ってくれる、という病院の対応、親切さ、にとにかく感激し、嬉々として病院へ赴いたことを覚えております。

 抗原検査はすぐに結果が出るそうですが、結果を待たずに大事を考えて帰宅しました。帰宅後、なかなか連絡がありませんでしたが、予想通り全員陽性でした。また発熱の症状があることを伝えると、近くの調剤薬局へ連絡してくれて、調剤薬局がわざわざお薬を配達してくれるというありがたい対応でした。また調剤薬局への支払いも後日自宅待機解除後に支払いに来てください、という神対応でした。こんな世の中ですが、医療関係者は善意で仕事してくれていることを強く感じた次第です。

 陽性が出てしまい、今週1週間また出社できないことが確定しました。休暇を取っていたので翌日在宅勤務の中で、さらなる引継ぎのお願いをしようと、安易に考えておりました。

オミクロン株コロナ感染症 発症 後期 37℃→38℃→39℃→40℃

 その夜、ここが1つ目のピークでした。見出しにもあるように発熱がひどくて眠れませんでした。まず初めに体が震えました。布団をかぶっているのに異常な寒さです。発熱で腰が痛く、案の定熱を測ると38℃後半でした。これは、いよいよ自分にもコロナの症状が顕在化した、と恐怖しました。ワクチン接種2回目の辛さを倍くらいにしたような辛さでした。辛過ぎて眠れないほどでした。昼間にもらった解熱を飲んだり、お茶を飲んだり、トイレにいったり、夜中に何度も何度も起きました。何度か起きた時に発熱で吐き気を感じました。熱を測るとついに39℃を超えてきました。熱で吐き気まで催すのは、かれこれ10年以上なかったことです。結局吐くことはありませんでしたが、自分はどうにかなってしまうのではないかと、恐怖しました。つばを飲むと喉が痛く、また咳も激しくなっていました。咳がつらくて、お茶を飲んだりトイレに行ったりすることを繰り返しました。寝ることができればまだ良かったのですが、高熱過ぎて眠れない、という経験は正直人生初でした。とにかく寝れなくて何度も何度も起きました。妻と夜話をしていて熱を測ったとき、ついに40℃を超えました。オデコに貼る冷えピタを新調して寝るくらいしかできずまさに死線をさ迷っていたと思います。こんな状況では仕事ができないことは想像できたので、次の日も会社を休もうとこの時決心していました。

オミクロン株コロナ感染症 発症 緩和期 38℃→37℃

 真夜中、40℃というマンガのような体温を見た次の朝、自分の体温は38℃まで低下していました。この時、真夜中の苦しさと比べると38℃も熱があるにもかかわらず相当楽と感じました。正直「コロナの山はさったかな。よく頑張った。」と思ったくらいです。朝方やはり会社へ連絡し、上司へ連絡して今の状況を伝えて出社が難しいこと、発熱があることを伝えました。

 楽になったとはいえ、38℃です。腰は痛かったし、徐々に頭痛があることを感じました。でももう自分は発熱のピークは過ぎたようだし、明日には在宅勤務へ移行できるだろう、とにかく仕事をしなくては、と思っておりました。

オミクロン株コロナ感染症 セカンドピーク 38℃→36℃だが急激な倦怠感

 発熱はあったものの、前日の夜とは打って変わってしっかり寝ることができた夜でした。きっと在宅勤務くらいはできるだろう、と思って朝起きました。熱は下がっているだろうか、と体温を測るとまだ38℃超。これには驚きました。40℃の熱が出た後から、徐々に身体の感覚が鈍くなっていることに気づきました。それまでは、自分の発熱の状況、微熱があるのか、もっと高い体温38℃超なのか、もなんとなくわかっていたと思うのですが、40℃の熱が出た夜の後から、身体の感覚が全体的に鈍くなり、鼻はつまって匂いに鈍感になっており、喉はタンが多く絡むため、味覚も少し鈍くなっていると感じました。そして何よりこの日感じたのが、どうしようもない倦怠感です。やる気がでないのです。
 昼頃には熱は下がり37℃を経由して36℃に低下したのですが、継続的な頭痛と倦怠感が、その日一日自分の身体をむしばみました。特に頭痛がひどく、目の痛みと共に生じるもので極めてタチの悪いものでした。この日、初めて「コロナ 後遺症」という言葉をググるようになりました。食欲もあまり回復せず、身体の中に食事を入れるだけ、というような食事で全然美味しいと感じませんでした。むしろ、油っこいものは吐き気を催しそうなので無理であることを家族に伝えておりました。
 一日中、強い倦怠感に苛まれ、自分はコロナによって変わってしまったと感じました。また、1人目の家族も発熱はおさまっていましたが、腹痛があることを教えてくれました。自分自身も腹痛があることに気づきました。この腹痛は、刺すような痛みでゲリの弱いもののようでした。家族全員1度は緩い便が出たようです。自分自身は現在でも、時たま腹痛を感じる事があり、やはりゲリではないものの緩い便が出ます。完全にコロナウイルスが身体の中から出て行ってくれていないということを思い知らされる状況でした。

翌日 36℃でなんとか仕事にも復帰 ただし、、、

 翌日穴を随分あけてしまったので、仕事にとりかかりました。といっても在宅勤務です。頭痛はやや残り、身体の血の巡りの悪さ、肩こりを感じながらの在宅勤務になりました。

 頭痛は、寝不足で肩こりがひどい冬場に現れるようなものに近いかもしれません。血の巡りが悪くなっていると感じ、その日から家族とともに簡単なストレッチや屈伸をするようにしました。身体の血液の巡りが悪いのであれば、足を動かして巡りをよくしよう、という意図です。実際効果が多少はあったように思っております。ただし、そんなことをしなくても問題なかったはずなのに、今はそのような身体を動かす行為をしないと、辛いと感じる身体になってしまったことに改めて愕然としました。もう、コロナ前には戻らないのではないか、というのが正直な不安です。
 この日、久々に体重を計ったところ、減量していました。風邪をひくと自分はむしろ太る方であったのに、増加していることに、コロナ感染症は風邪やインフルエンザとは明らかに異なる病気であると感じました。

コロナから立ち直ってみて

 今回コロナ感染症が発症して、色々と考えさせられました。特にコロナ発症後の身体の変化は、風邪やインフルエンザとはレベルが違います。後遺症という話も、やる気が足らないとか仮病とかいう類ではなく、明らかに存在すると感じました。また、医療関係者の方には本当に改めて感謝したいと心から感じました。
 家族の中でコロナが落ち着きつつあるとき、テレビで家族と同じくらいの年の方がコロナで亡くなったというニュースが流れてくることもありました。我が家もその可能性、大いにあったと思います。家族全員無事で本当に良かったです。身体は確かにコロナによって変わってしまったかもしれませんが、家族全員、今現在は笑えるところまで元気になったこと、これ以上に大切なことはないでしょう。

 これからもコロナと共に生活していかなければならない、それが今の人類だと思います。コロナは本当に多くのものを奪っていく、そう感じています。それでも、家族全員笑えることは不幸中の幸いだったと今は強く感じます。

 今後、後遺症というものがどの程度あり、どの程度続き、なくなるのか、など自分自身の感じていることを記述できたらと思っております。

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